あの夏は、どの夏だっけ? あの海に行ったのはどの夏で、あの場所で花火したのはどの夏で、夕立上がりのあの道の香りを嗅いだのはどの夏なんだろう。 夏休みの永遠に続くかと思われた日々は、振り返ってみると一瞬にしか過ぎなかったように感じる。 様々な時…
川崎の飲み屋街をはしごしたものの、終電にはなんとか飛び乗れた。最寄り駅に帰りつけた喜びにそこら中を闇雲に散歩してみる。湿気た夜の酸味を爆音でイヤホンから流れるゆらゆら帝国で中和しながら思う。 クレジオなんて読まなくていいから、坂本慎太郎を聴…
嘘を“吐いても”いいが、嘘を“吐かされては”ならない。今年最後の一冊は、そんな実感をじわりと身に染み込ませてくれた。 『彼女はすべての策謀が始められたこの日を、あとになると決して忘れることができなくなる。しかし、今はそれを知る由もなかった。その…
透明--透徹な神林長平の世界観を、いつから受け付けられなく感じるようになったのだろう。少なくとも高校生の頃の私は、思考する機械に憧れたし、体温を感じさせないが故に磨かれた人間の魂への讃歌へ共感したものだが。 年末の雑事の隙間に、犬の話と猫の…
数年ぶりに初売りに出たら、目に留まったキャメルのハーフコートを買ってしまった。形がいいな、と簡単に合わせてすぐ会計してその場から着せてもらったのだけれど、ポケットの口を塞ぐしつけ糸を抜いてもらうのを忘れてしまい、帰り道、二時間近く寒風を指…
逃げ場などないのだということをなんどもなんども実感する。8月、とても慕わせて頂いた方が自ら命を断たれた。同じ月にネットの知り合いも同じことをしていたと、翌月になって知った。今までに死ぬことについて、考えていたこと、費やしてきた時間、すべて無…
ニューヨークに行くことになった。 高飛びのようなものである。女の子やら大学の先輩やら、そういったわずらわしい関係に、蓋をする感覚である。これは持って来られた話で、急に決まって、急に発つので、実感もない。どこに行こうという考えもない。ただ、逃…
ふと外に出ればどこまででも歩いていきたくなるような日々が終わった。今夜も大気は水を吸って鈍重になり、なにもかもが忌まわしい季節に向かっているのを感じる。このひと月、軽やかな日々の夜を、頭をからっぽにして過ごしていた。これは未だかつてなかっ…
つい最近、別れ話を切り出した夜に吹いた口笛は事の他大きく響いた。昼下がり雨の止んだ一瞬に目の前を横切った黒い蝶は何か暴力性を帯びていた。状況はその時々について異なる性質の時間を有しているのは勿論、その時間を通じて感覚を揺らがせる。『今夜の…
ワタシハミジメデアリタイ私たちを捕らえて離すことのない、これはもう、欲望である。勿論、無条件でそうなりたい訳ではない。私たちが私たちの世界において、私たちの許す範疇においてである。甘えではない自己憐憫でもない、繰り返そう、これは欲望である…
ティプトリーが去勢を好んだ理由を、私は知らない。しかし、その作品群に度々現れる、屹立するシンボルとそれにあてがわれる剃刀の隠喩は男性/女性を様々な意味合いにおいて惹きつけ続けていると思う。 モチーフとしては、「ヒューストン、ヒューストン、聞…
吉野朔実の『恋愛的瞬間』を読んでいたら、全裸で家事をする主婦の話が出てきて思いついたのだが、全裸で生活すると言うのは案外悪くないものなのかもしれない。これからの季節には丁度良さそうだし、緊張感がありそうだ。日々の生活に緊張感を持たせる方法…
夜中の百発の春雷とともに桜の季節は終わったが、桜の花を眺めている間、事物の本質が表在化するのか、表面の特質によって本質が決定されるのかぼんやりと考え続けていた。 桜の季節が始まった頃、こんな一節を見た。『まず最初に言えるのは、表面に緑色の静…
2015/03/25 日々の中にも、タナトスの囁きに満ちた一瞬がある。 流しでグラスを洗っている。洗剤のぬめりを感じながら、グラスを落としてしまうことを考える。たとえステンレスの流しであっても、この高さなら割れるかどうかは五分五分だろう。では、もっと…
2015/03/18 実家に帰ってきた。しかし、自分の様な人間がこれから社会人になっていく友人たちには会わせる顔がないような、そんな気がして、昼から家でビール片手に本を読み、気づいたら夜中である。そんな日がもう三日も続いている。 山尾悠子の作品はこわ…
2015/03/13 スタージョンという作家の特徴をよく反映した作品が二作収められている。 ひとつは「雷と薔薇」。スタージョンの、引き算の幻想作家としての特徴が生きている作品。幻想作家でも、マコーマックや京極夏彦のように絢爛で強固な幻想を打ち立てる(ど…
2015/03/01 何ら持病を持たない私たちが痙攣を得るためには、そこに装置が無くてはならない。 痙攣的なギターソロを吐き出し続けたゆらゆら帝国時代の坂本慎太郎にとって、それはおそらくファズであり、全編に渡って痙攣的な想像力が支配するカヴァンの『氷…