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羊の頭

SFと日記と。できるだけ無意味に書きます。

シオドア・スタージョン『海を失った男』(河出文庫)

2015/03/25

日々の中にも、タナトスの囁きに満ちた一瞬がある。

流しでグラスを洗っている。洗剤のぬめりを感じながら、グラスを落としてしまうことを考える。たとえステンレスの流しであっても、この高さなら割れるかどうかは五分五分だろう。
では、もっと高いところからなら……?
……靴下が泡で濡れる感覚で我に帰る。
あぶない、あぶない。

両親の口喧嘩は苛烈だった。二人とも、肉体的というよりはむしろ精神的なコンプレックスを的確にいたぶる内容の罵倒を好んだ。そのせいか、しばらく人と付き合っていると、無意識にその人の柔らかい部分を探り、そこから、彼が最も傷つくであろう罵倒を思いついてしまうことが少なくない。個々人に最も苦痛を与えるであろう毒の結晶が勝手に育っていく。このこと自体は私にとって苦痛であり、自らが嫌悪の対象でもあるし、勿論口に出すことも無いのだが。

自生した毒を使ってみたくなる一瞬はふと訪れる。きっかけもなしに。

タナトスの囁きは、あらゆる不可逆な破壊が内包する誘惑だ
「墓読み」では、男は自らの中の亡くした妻の存在に不可逆な破壊を加えようとする。青年は、墓を読むことで、死を遡行することで、生に至る方法を提示した。スタージョンタナトスタナトスである所以を解体したのだ。
また、作中にこんな一節がある。
『「当然、そうなりますね」と男は言った。また、あの奇妙な、相手が理解するのを待つような間。俺はその間を自分で埋めるのを拒否した。「もちろんあなただって同じように感じているでしょうが、人間は、光のようにただ消えてしまったり、砂漠の土のように削られて無に還ったりするには、存在も意味も大きすぎるんですよ」』
死の概念の内側に手を突っ込んで裏返すようなやり方だ。これが救いでなくてなんであろう。